仏・法・僧をうやまって生きる - 梯実円

僧をうやまって生きる

Add: ynohifus69 - Date: 2020-12-04 21:34:15 - Views: 7700 - Clicks: 24

舎利弗よ、劫の濁乱の時には、衆生は垢重く、樫貪・嫉妬にして諸の不善根を成就するがゆゑに、諸仏は方便力をもって、一仏乗において分別して三と説きたまふ。(中略)十方の仏土の中には、ただ一乗の法のみありて、二もなく、また三もなし、仏の方便の説をば除く。(『大正蔵』九、七一八頁) といわれています。 ところで、一切の衆生は、善悪・賢愚の差別なく、ことごとく仏性をもち、成仏しなければならないものであると見抜いたのが仏知見であり、それゆえ一人も漏らさず成仏させようと願っているのが大智大悲の仏心であるとすれば、その本意を実現する教法がなければなりません。しかし一切衆生を平等に、しかも速やかに成仏得脱させることのできる法門は、衆生の自力作善を必要としない教法であり、極悪の罪業も障りとしない、完全に善悪・賢愚を超越した救済法でなければなりません。それが阿弥陀仏が成就された本願力回向の法門なのですから、これこそ真の一乗であり、第一義乗(この上なく勝れた究極の一乗)であって、ただこの真実の一乗に導くために仮に設定された方便の教説を除けば、この一乗のほかに仏教は存在しないといわれたのです。それは法華一乗でも、華厳一乗でもなくて、誓願一仏乗であると親鸞聖人は言い切っていかれたのです。 こうして誓願一仏乗を明かされたあと、その一乗といわれる意義を説明するために、『涅槃経』から四文と、『華厳経』から一文が引用されています。そして最後に、「しかれば、これらの覚語はみなもつて安養浄刹の大利、仏願難思の至徳なり」と結ばれています。『涅槃経』に説かれたような、一乗の本体である「一切衆生悉有仏性」をさとり顕し、『華厳経』(行巻 P. 親鸞聖人が「和国の教主」として仰いだ聖徳太子は、仏の教えに何を見出したのか? 真宗における仏・法・僧の意味と、三宝を拠りどころとして生きることの豊かさを伝える。. 亀山 純円 法 語 : 13: 生きることも死ぬことも.

こうして最後に「大乗は二乗・三乗あることなし。二乗・三乗は一乗に入らしめんとなり。一乗はすなはち第一義乗なり。ただこれ誓願一仏乗なり。」といい二乗三乗に対して真の一乗とは誓願一仏乗であると結んでいかれます。仏が二乗とか三乗の法門を説かれたのは、唯一無二の一乗を受けいれることのできるものに育て導くために、一乗から、機根の成熟度に応じて展開された、権仮方便の教えであって、本来一乗のほかに実体としてあるものではなかったのです。 この文言は『勝鬘経』より、むしろ『法華経』「方便品」に似ています。すなわち、 1. 仏・法・僧をうやまって生きる - 聖徳太子と『口伝鈔』の教えから - 梯実圓 - 本の購入は楽天ブックスで。全品送料無料!購入毎に「楽天ポイント」が貯まってお得!みんなのレビュー・感想も満載。. 仏・法・僧をうやまって生きる(共著、自照社出版) 念仏と流罪 承元の法難と親鸞聖人(霊山勝海、平松令三との共著、本願寺出版社、/12) 生かされて生きるいのち-親鸞聖人と他力の教え-(久堀弘義との共著、自照社出版). 定価¥880(税込) 仏・法・僧をうやまって生きる聖徳太子と『口伝鈔』の教えから/梯実円(著者),久堀弘義(著者)/新品本・書籍/ブックオフオンライン/ブックオフ公式通販・買取サイト。. 仏・法・僧をうやまって生きる : 聖徳太子と『口伝鈔』の教えから. 法性すなはち法身なり。法身はいろもなし、かたちもましまさず。しかれば、こころもおよばれず、ことばもたえたり。(『註釈版聖典』七〇九~七一〇頁) といわれた法性法身にあたります。 こうして「究竟法身を得るはすなはち一乗を究竟するなり」と、はじめの一乗に帰っていきます。まことの一乗とは、仏陀のさとりの根元に証入せしめる法門であるというのでしょう。阿弥陀仏も、そこから顕現してこられた一如(法性法身)の境地に入れしめるのが誓願一仏乗であるといわれるのです。 次の「異の如来ましまさず。異の法身ましまさず」と. 196) に説かれているように、一道より生死を出て一法身を証得すると.

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福岡・某僧 法 仏・法・僧をうやまって生きる - 梯実円 語 : 40. さて、一乗とは「大乗」であるといわれていますが、これと次の「仏乗」とは一乗の異名を挙げて意味内容を詳細に示そうとされたものです。この大乗が『勝鬘経』の「一乗章」を承けていることは明らかです。大乗の「大」は「包含」の意味であって、一切衆生を分け隔てなく包含して成仏せしめる教法というのが大乗の本質ですから、大乗の大乗たる所以を、一乗とも仏乗ともいわれるわけです。次の「仏乗」とは、『選択集』に、 1. 梯 実円,久堀 弘義『今をよろこべる心―妙好人と真宗の教え』の感想・レビュー一覧です。ネタバレを含む感想・レビューは、ネタバレフィルターがあるので安心。読書メーターに投稿された約0件 の感想・レビューで本の評判を確認、読書記録を管理することもできます。.

isbn; 出版社 自照社出版; 判型 b6; ページ数 96ページ; 定価 800円. 価格/840円(税込) | 発行/自照社出版. 四乗の道を修し四乗の果を得。四乗とは三乗のほかに仏乗を加ふ。(『註釈版聖典』七祖篇一一八六~一一八七頁) といわれているように、釈尊の教法を声聞乗、縁覚乗、菩薩乗、仏乗という四乗に分けたなかの、第四の仏乗のことを意味しています。実は、これは天台流の仏乗解釈でした。そのほかに三論宗や法相宗でいう仏乗解釈もあります。それは、三乗のなかの菩薩乗を仏乗とする考え方です。 声聞乗と縁覚乗を二乗といい、両方を合わせて小乗の教えといいます。自分のさとりを第一に考えて、人びとを救おうという大慈悲心に欠けているから、小さな乗り物と貶していったわけです。それにひきかえ、一切の衆生を救って共に仏道を完成しようという広大な菩提心をおこして、自利・利他の行を励んでいく菩薩の道を説く教えを菩薩乗といいます。このような菩薩乗は仏になる道ですから、それを仏乗ともいうというのが、三乗家の仏乗理解です。三種類の教法が各別に存在しているといいますので、これを三乗家といい、また『法華経』の火宅三車(羊車、鹿車、牛車)の譬えによって三車家ともいい、三論宗や法相宗などの立場です。 それに対して、天台宗や華厳宗などでは、本来三乗というのは未熟なものを育てるために、唯一の成仏道である一仏乗から、仮にしばらく設けた方便の教説であって、一乗のほかに実体はないというので一乗家と呼んでいます。ですから二乗(小乗)の人でも、機根が熟して、自分も本来仏性をもっていて、修行さえすれば仏になれる身であると気づけば、ただちに菩薩となって、一仏乗を歩む身になります。このように、機根が熟しさえすれば、三乗のままが一仏乗であるというように理解するのです。 それは、三乗を各別に見ていくような菩薩乗のほかに、三乗を超えて三乗を方便としてもっているような一仏乗をたてますから、四乗といいます。しかし、実際に成仏道としてあるのは仏乗だけですから、「. 「仏・法・僧をうやまって生きる : 聖徳太子と『口伝鈔』の教えから」を図書館から検索。カーリルは複数の図書館からまとめて蔵書検索ができるサービスです。. 次に「一乗を得るは阿耨多羅三藐三菩提を得るなり」といわれたのは、一乗の力用(はたらき)を表しています。まず「一乗を得るは」というのは因徳をあげ、「阿耨多羅三藐三菩提を得るなり」とは果徳をあげたもので、因果をあげることによって、一乗の成仏道としてのはたらきを明らかにされたわけです。その阿耨多羅三藐三菩提の因となる一乗とは、法からいえば大行であり、機からいえば大信であって、これが一乗の因徳なのです。それをのちに誓願一仏乗といわれるのです。 阿耨多羅三藐三菩提を、『往生論註』には「無上正遍道」と翻訳されていました。この場合の「道」とは、菩提の訳語で、聖智のことであるといわれていますから、最高のさとりの智慧(仏智)を得しめるということです。 次に、「阿耨菩提はすなはちこれ涅槃界なり」からは転釈です。涅槃界とは、智慧によって煩悩を断じて得る安らかな寂静の境地です。それを断徳ともいいます。「無上正遍知」は能証の智徳ですが、その智は知るもの(能証の智)と知られるもの(所証の境)とが一つであるような無分別智を意味していますから、智慧はそのまま涅槃の境地であるということを「阿耨菩提はすなはちこれ涅槃界なり」といわれたのです。要するに、境智一如、智断不二の領域が無上の仏果であるということを表すための転釈なのです。 次に「涅槃界はすなはちこれ究竟法身なり」とは、『勝髪経』に「涅槃界はすなはちこれ如来法身なり」といわれていたものを「究竟法身」と言い換えたものです。「究竟法身」の究竟とは、到達できる最終点のことですから、最高のさとりを表す言葉です。いわゆる理智不二、境智一如の無分別智の領域こそ究極の法身であるというので、究竟法身といわれたのです。『唯信鈔文意』の「無為涅槃界」の釈中に、 1.

仏の子を育てる会=編 法蔵館 1050円 〈2頁で1話のやさしい短編法話集。子どもたちに仏さまのこころを伝えたいという思いから記され、新聞に掲載、好評を得た38篇を収載。〉 鶴林寺信仰の諸相 刀田山鶴林寺=編 法蔵館 1575円. 浄土真宗の僧 梯実円師の解説によれば『「至心信楽」の意味合いは私(如来)の真実なる誓願を信楽(疑いなく受容)しなさいとおすすめになる仏の誓願の内容としての至心信楽であって、凡夫の自力の心ではありません』ということになります。. 煩悩の衆流帰しぬれば 4. 声聞、縁覚乗はみな大乗に入るなり。大乗とはすなはちこれ仏乗なり。このゆえに三乗すなはちこれ一乗なり。一乗を得れば、阿耨多羅三藐三菩提を得るなり。阿耨多羅三藐三菩提とは、すなはちこれ涅槃界なり。涅槃界とは、すなはちこれ如来法身なり。法身を究竟することを得れば、すなはち一乗を究竟するなり。異の如来なく、異の法身なし、如来すなはち法身なり。法身を究竟することを得れば、すなはち一乗を究竟するなり。究竟とは、すなはちこれ無辺不断なり。(中略)もし如来、かの所欲に随ふは方便説なり、すなはちこれ大乗には三乗あることなし。三乗は一乗に入るなり。一乗とはすなはち第一義乗なり。 (『大正蔵』一二、二二〇頁) といわれ. 智慧のうしほに一味なり (『註釈版聖典』五八五頁) と讃詠されています。&39; 「まことに知んぬ、経に説きて『煩悩の氷解けて功徳の水となる』とのたまへるがごとし」といわれたのは、暖かい太陽の光に触れれば氷がとけて水になるように、如来の大悲の智慧は、私たちの煩悩を転じて功徳に変え成してくださるといわれたのです。「経に説きて」といわれていますが、特定の経を指しているというよりも、『往生要集』助念方法に、 1.

2,800円 7920: 僧にあらず、俗にあらず: 宮城しずか著: 1,200円: : 7922: 改訂新版 大谷派本願寺 伝統行事: 川島眞量著川嶋正: 2,200円: : 7923: 教行信証 大河流覧: 藤場俊基著: 2,400円: : 8000: 増補新版 親鸞の生と死: 田代俊孝著: 4,300円 8013: 生きること死ぬこと: 国分敬治. See full list on wpedia. 著:久堀 弘義. Pontaポイント使えます! | 仏・法・僧をうやまって生きる 聖徳太子と『口伝鈔』の教えから | 梯実圓 | 発売国:日本 | 書籍 || HMV&BOOKS online 支払い方法、配送方法もいろいろ選べ、非常に便利です!. 『教行信証の宗教構造: 真宗教義学体系』(梯実円) のみんなのレビュー・感想ページです。作品紹介・あらすじ:本書では、真宗の教義学が真宗学の中で占める位置とその性格について著者なりの考えの一端を述べた。. 仏・法・僧をうやまって生きる : 聖徳太子と『口伝鈔』の教えから 梯實圓,久堀弘義著 自照社出版,. 本 の優れたセレクションでオンラインショッピング。. 安冨信哉著 新書 64頁 250円 東本願寺出版社 帰敬式を受式するとは何か?法名とは何か? 仏教徒の基本は仏・法・僧の三つに帰依する ことである。それは、つまり何を本当に尊い こととして生きていくかということに他なら ない。.

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真実の意味で一乗といわれるのは、誓願一仏乗であるといわれましたから、次に「一乗海」の「海」の意味を釈することによって、誓願一仏乗のはたらきを譬えで顕すのが、以下の釈です。その「海」の釈が二段に分かれていて、「海といふは」から「煩悩の氷解けて功徳の水と成るとのたまへるがごとし」までの一段は、一味平等の徳を表したものであり、次の「願海は二乗雑善の中下の屍骸を宿さず」というのは、不宿死骸の徳を表した釈です。一味平等は、機の側から顕した釈であり、不宿死骸は、法の側からの釈です。 はじめの「海といふは、久遠よりこのかた、凡聖所修の雑修雑善の川水を転じ」といわれたものは、自力の善を転ずるという転善の徳を表し、次の「逆謗闡提恒沙無明の海水を転じて」というのは、転悪の徳を示したものです。そして「本願大悲智慧真実恒沙万徳の大宝海水となる」というのは、如来の功徳に変え成すことを顕した釈です。善悪ともに転ずるというのは、人間のなす悪はもちろん、たとえ善であっても自己中心的な想念に汚染された不真実の行為でしかないからです。海には、清濁無数の河が流れこみますが、どの河の水も、海に入ればすべて同一の塩味に転換するように、阿弥陀仏の本願力は、善悪を隔てなく受けいれて、すべてを阿弥陀仏の大智大悲の功徳に転換していくはたらきをもっていますから、誓願一仏乗は海に譬えられるというのです。なおここで凡聖の善を「川水」に譬え、悪業を海水に譬えられたのは、たとえ雑善であっても善人は少なく、悪人は多く、無明煩悩は海のように深広であるからでしょう。『高僧和讃』には、平等一味の利益を、 1. 尽十方無擬光の 2. 仏・法・僧をうやまって生きる(自照社出版) 念仏と流罪 承元の法難と親鸞聖人(本願寺出版社) 光をかかげて−蓮如上人とその教え−(本願寺出版社). 「貪欲はすなはちこれ道なり。 恚・痴またかくのごとし。 水と氷との、性の異なる処にあらざるがごとし。 ゆゑに経にのたまはく、〈煩悩・菩提は体無二なり. See full list on labo.

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